いつからか、この文章を深夜0時に予約投稿しなくなった。かつてはこの日を、自分の長い人生の節目だと感じていた。この日に振り返りを行い、問いを立て、来年の今日の自分がそれに答えてくれることを願うのが好きだった。
しかし残念なことに、1年という期間がどんどん短く感じられるようになった。疑問が積み重なるスピードが、答えを探すスピードを遥かに上回るほどに。それに、考えすぎていて、実際に生きる時間が少なすぎた。だから、この1年は「生きること」を試してみた。
ははは、「生活」という言葉は少し大げさかもしれない。実際には、対岸の火事のように眺めていた得意げな態度を、飛び込んでいく勇気に変えただけだ。今年の後半は、祖母と何度も話をした。おそらく、これまでの人生で話した合計回数よりも多いだろう。祖母は、石炭の良し悪しの見分け方や、小豆をいつ植えれば二期作できるか、私が幼い頃の恥ずかしい話、そして裏の家の木から落ちてきて、結果的に潰されて死んでしまった鶏の話をしてくれた。
時折、午後に空を見上げて雲を眺め、時折、真夜中に空を見上げて星を眺める。感情は風雲急を告げるように揺れ動くけれど、日々は慌てることなく過ぎていく。そうやって生きていると、一日一日をしっかりと歩んでいる感覚があり、人が生きていくための力が湧いてくる。
こんにちは、25歳。 こんにちは、生活。
こんにちは、25歳
こんにちは、25歳