理科の総合試験が終わった後、私はカバンからスマホを取り出し、電源を入れた。 ホーム画面が表示されるやいなや、パオパオタン(泡泡糖)から電話がかかってきた。彼は今、川辺にいると言う。今日の川の水はとても浅く、溺れ死ぬこともできなさそうだ。私は嬉しそうに、今どこにいるのか、見物しに行くと尋ねた。彼は橋のたもとにいると答えた。
子供の頃の私なら、大学入試が終わったその夜に、これほど複雑な思いで自分の幼少期を振り返るなんて、想像もしなかっただろう。あれほど多くの人を慰めてきたのに、最後には自分自身のことを忘れてしまっていた。
英語の試験を受けている時、初めてカーテンが壊れていることに気づいた。というのも、翌日の午後になってようやく少しだけ日が差し込んできたからだ。日光浴が好きな私にとって、それはあまり良くないニュースだった。試験監督は、ちょうど私の机に当たっている太陽の光を、片方しかないカーテンで必死に遮ろうとしてくれた。私は手で「大丈夫です、気にしないでください」と合図したが、彼女は私の言うことを聞かなかった。
斜め後ろの机には、修正液で歪んだ文字で「工藤新一」と書かれていた。日差しと白いシャツに彩られ、午後の気分全体が穏やかになった。
試験会場を出ると、青春を謳歌する馴染みの笑顔が次々と目に入った。浅い川の流れ、紗のような雲がたなびく空が、遠くまで淡く続いているのが見えた。まるで、この馬鹿げた高校生活がこうして流れ去っていくのを見ているかのようだった。担任が言っていたような「肩の荷が下りた」という気分にはならなかった。ただ、反骨心だけがあった。
文房具をゴミ箱に投げ捨てた。まるで、これまでの年月で少しずつ溜まってきた汚れを捨てるかのように。そうだ、どんなに荒唐無稽でも、どんなに不公平でも。私は乗り越えた。みんなと一緒に。乗り越えたのだ。もしかしたら、来年の今日、あるいはずっと先の今日、私は今日のこの感覚や気持ちを忘れて、これから大学入試を迎える子供たちにこう言うかもしれない。「私の頃の大学入試はね……あれ、何だったっけ? とにかくリラックスして。大学入試なんてそんなに恐ろしいものじゃないよ」と。
恐ろしくなんてない。自分にできることなら、何だって恐ろしくはない。恐ろしいのは、向き合うことさえできないことだ。そう、私は向き合うことさえできなかった。そんなの何の意味もない。本当に、臆病者だ。
だから、私はやっぱり核心を話すつもりはない。そんなはずはない、明らかにそんなはずはないんだ。もし私のせいなら、私自身を苦しめればそれでいい。君は本当は、悲しまなくていいんだよ。
――夢の中で見た大学入試
2016.6.9