
chap1
今年の台風シーズンは、例年よりずっと早くやってきた。昨日発表されたばかりの注意報。朝、カーテンを開けると、外はすでにどんよりとした雨模様だった。太陽の光に起こされることもなく、こんな日は、もう一度ベッドに潜り込んで眠りたくなる。
しかし、時刻はもうすぐ9時だ。
晴子は丁寧にすべての窓にテープを貼り終えると、ソファに丸まって、今日何をしようかと思案した。微博(ウェイボー)を開いて何かヒントでも探そうかと思った矢先、トレンドのトップに「台風の日に窓にテープを貼るのは実は無意味」という記事が目に飛び込んできた。
そのままモーメンツにシェアした。みんながこれを知れば、台風シーズンにテープが品薄になることもなくなるだろう。いくつか投稿をスクロールしたが、すぐに興味を失った。彼女は阿辰(アチェン)のように、いつまでも画面を眺めていられるタイプではない。昨日買い溜めした袋の中からポテトチップスを取り出し、一枚口に運んだところで、阿辰からのコメントが通知された。「それでも、ちゃんと貼っておいたほうがいいよ」
「外に出てみようかな」とふと思った。どこもかしこも「不要不急の外出は控えましょう」というテロップが流れているけれど、これは自分にとって「必要なこと」のような気がした。窓辺に立ち、ガラス越しに雨を眺める。階下では、おじさんがカバンを頭に乗せて必死に走っている。ガラス越しに見る雨は、まるでミュートにした映画を見ているようで、どこか現実味がない。少しだけ窓を開けてみた。風が雨を巻き込んで一気に吹き込み、ザーザーという雨音が耳に届く。
「結構降ってるな」
すぐに窓を閉めた。電気をつけたら、時間が少しは早く過ぎるだろうか。ふとそんな考えが浮かび、つま先立ちでスイッチに手を伸ばす――スリッパはソファの反対側に脱ぎ捨ててあった。部屋がパッと明るくなったが、かえって昼間のような現実感が強調されただけだった。結局電気を消し、スマホを手に取った。やっぱり、阿辰に連絡しよう。

chap2
阿辰は、長時間でも楽しく話せる友人だ。そう言えるのは、実は彼と直接会った回数がそれほど多くないからだ。晴子にとって「親友」とは、長い時間をかけて多くの出来事を共有した相手のこと。彼とはまだ、知り合ってからそれほど経っていない。
きっかけは、先週の退屈な食事会だった。退屈だったのは晴子だけで、他の人たちは指差しゲームや罰ゲーム、ビールで大盛り上がりしていた。まるで大人を演じる子供たちのようだった。もちろんそんなことは口に出さない。長年この手の場を経験してきた晴子には、うまくやり過ごす術が身についていた。ただ、騒がしさに耐えかねて、窓辺に寄りかかってスマホをいじっていただけだ。
「ねえ、君の……そのブレスレット、すごくいいね」
晴子が怪訝な顔で振り返る。ああ、罰ゲームの時間か。男の子は彼女に独特の魅力があるなどと言いながら、WeChatのIDを教えてほしいと頼んできた。
完璧な笑顔を浮かべる。内心では「今どきこんなナンパがあるのか」と呆れていたが、それでも頷いておいた。こういう時は、大らかに振る舞うのが一番だ。QRコードを見せ、認証メッセージには名前だけ入れておいて、と伝えた。隣のテーブルから拍手が沸き起こり、男の子は照れくさそうに笑って「ありがとう」と言った。
晴子は何も返さず、心の中で「お礼なんて必要ないのに」と思いながら、どれくらいの女の子がこれに応じるのだろうと不思議に思った。同時に、もう帰ってもいい時間だと思い、席を立った。
店を出ると、さっきの男の子が追いかけてきた。一人で帰るのは危ないから送らせてほしいと言う。晴子はすぐに断った。タクシーですぐだし、大丈夫だと。それならタクシー乗り場まで送る、さっき来る時に見たけれど、あそこは街灯がなくて暗いから、と彼は譲らなかった。
彼は阿辰と名乗った。自己紹介を終えると、また「ありがとう」と言った。
「いいえ、こちらこそ送ってくれてありがとう」
「僕を気まずい状況から救い出してくれてありがとう。絶対断られると思ってたから」
「どうしてそう思ったの? 私、そんなに話しかけにくそう?」
「あ、いや、僕の切り出し方が馬鹿みたいだったから」
そう言われてみれば、確かにさっきのは少し間抜けだった。晴子は適当に返した。
「罰ゲームって、いつもああいうのばかりよね」
ちょうどタクシーが来たので、軽く別れを告げて乗り込んだ。
車に乗ると、晴子はいつも窓枠に肘をつき、街のぼんやりとした明かりが手首に落ちるのを眺めるのが好きだ。別の都市にいた頃は、いつも同じポーズで写真を撮っていた。今の街に落ち着いてからは、すっかり撮らなくなった。背景がどこも同じに見えるから、というのもあるけれど、何よりその写真を見せる相手がいなかったからだ。
手首の景色から意識を戻し、WeChatの通知を確認した。
「暇な時はいつでも連絡して」
少し迷ってから承認ボタンを押し、阿辰のモーメンツを覗いてみた。
何かを書くのが好きらしい。
まあまあ……
自撮り。
ナルシスト……
写真を撮るのが好き。
そこそこ……
時事ネタのシェア。
ちょっとした社会派気取り……
女性アイドルの番組に投票を呼びかけている。
俗っぽい……
数件見ただけで、阿辰からメッセージが届いた。
「こんにちは」
晴子は仕方なくモーメンツを閉じて返信した。メッセージを打ちながらモーメンツを見られたらいいのに、と思いながら。
晴子は「いいね」をあまり押さない。いいね=同意だと思っているからだ。でも、他人の意見の多くには同意できない。一方の阿辰は活動的で、彼女の投稿からいつも話題を見つけて話しかけてくる。興味のある話題ばかりなので、嫌な気はしなかった。むしろ、投稿する時に少しだけ期待している自分に気づいた。
こうして、二人の関係は始まった。

chap3
阿辰からメッセージが届く。
「窓にテープ、やっぱり貼ったほうがいいよ」
「貼ったよ。ただ、台風シーズンになるとテープがすぐ売り切れるのが困るの」
「台風だからね」
晴子が窓の外を見ると、空が暗くなり始めていた。
「台風の日は、普段何してるの?」
「古い映画を見たり、退屈な本を読んだり、何かを書いたり。どれも他人と一緒にはできないことばかりだよ」
「いいな。私はやりたいことがたくさんあるはずなのに、何をすればいいのか分からなくなる」
「時間を自由に使える快感と、どう使えばいいか迷う優柔不断さは、いつも隣り合わせだね」
「『愛人』」
これは二人の間のお決まりの遊びだ。一方がセリフを言うと、もう一方がその出典を答える。晴子は時々、阿辰が自分の影として生きてきたのではないかと不思議に思う。でなければ、どうしてこうも息が合うのか。二人のこれまでの経歴を考えれば、本来なら接点なんてあるはずもないのに。
「外に出ない? 連れて行きたい場所があるんだ」
「不要不急の外出は、なるべく控えないとね」
本当は「いいよ」と即答したかったが、あえてそう返した。もし彼がそれでも行くと言い張るなら、何かあった時に彼の責任だと思えるから。そんな罪悪感に似た感情が湧き、すぐに取り消したくなった。自分のそんな考えが恥ずかしいのと、阿辰が誘いを諦めてしまうのが怖かったからだ。
「すごく必要なことなんだ」
「いいよ」
晴子は笑みをこぼし、スマホを置いて傘とレインブーツを探し始めた。
外に出ると、阿辰が待っていた。彼女は急いで歩み寄る。
「ごめんね、待たせた? アイラインがうまく引けなくて」
「僕も今着いたところだよ。女の子のメイクを待つなんて、嫌がる男なんてそういないさ」
晴子は笑って首を振る。
「もう女の子じゃないよ。そんな言葉、若い子に言わないと効果ないよ」
「そうかな?」
阿辰は数秒間、じっと晴子の目を見つめてから視線を逸らした。
「晴子は十分、女の子だよ」
晴子は呆れたように目を回し、話題を変えた。
幸い、台風が本格的に来るのは明日からで、タクシーはすぐ捕まった。車内に入ると、阿辰は持参した袋を取り出し、二人の傘をそこに収めた。乗り込む時も、先に晴子の傘を受け取り、彼女が乗り終えてから自分の傘を閉じていた。こういう細やかな気遣いができるところが、彼に好感を持つ理由の一つだった。
「どこへ行くの?」
「着いたら分かるよ」
阿辰は運転手に少し離れた場所を告げ、窓枠に肘をかけた。それを見て晴子は顔を赤らめ、窓枠にかけようとしていた自分の手をそっと引っ込めた。
「自分の手首、すごく綺麗だなと思って」
「痩せすぎだよ」
以前、誰かに言われた言葉を思い出し、晴子は静かになった。
目的地はこぢんまりとしたドリンクスタンドだった。入り口に大きな傘が置いてあり、濡れずに済んだ。看板には「飲夏」とあり、白文字に青い背景で、少し歪んでいた。
「この店名、好きだな」
名前に「晴」が入っているからか、彼女は夏が好きで、この初めて訪れる店もすぐに気に入った。
「でしょ? 気に入ってくれると思ってた。僕も初めて見た時、そう思ったから」
阿辰はドアを開け、傘を袋に入れてから、晴子を先に行かせてくれた。店に入ると音楽が流れてきた。二人は顔を見合わせて微笑んだ。
-『清白之年』だ。 -そう、朴樹(プー・シュー)のね。
声には出さなかったが、確かにそんな会話が交わされた。
デザートショップだった。
阿辰は店主と親しげに「いつもの」と注文し、晴子に自慢げに言った。
「知ってる? この店主、気分に合わせて味を変えてくれるんだ」
面白い。晴子が店主を見ると、彼は微笑んで頷いた。
「じゃあ、店主から見て今の私の気分はどんな感じですか?」
「少々お待ちを。飲めば分かりますよ」
阿辰は自分のドリンクを受け取り、紹介してくれた。
「ほとんどスプライトなんだけど、ヴィタ(Vitasoy)のゼリーが入ってて、一口飲むと最高に満たされるんだ」
晴子も同じものを頼もうとしたが、店主がすでに二杯目を出してくれていた。綺麗なグラスに二層に分かれていて、上が緑、下が黄色。晴子がストローで吸うと、下からはマンゴーとヨーグルトの味がした。
店主は「ごゆっくり」と微笑んだ。
二人は空いているテーブルに座った。晴子が店を見渡すと、壁紙は看板と同じ青い背景に、白い文字が不規則に散りばめられていた。雑多なようでいて洗練されたインテリアで、カウンターにはレコードプレーヤーまである。実際に使えるようで、店内の音楽はそこから流れていた。
店主は晴子がプレーヤーを見ているのに気づき、説明してくれた。
「Bluetoothですよ。レコードは少なくてね」
ちょうど『清白之年』が終わり、次の曲が始まった。
晴子が顔を上げると、阿辰と目が合った。
-『郭源潮』? -そう、『郭源潮』だ。
晴子が上の層を飲んでみると、キウイだった。酸っぱい。もしこれが気分を表しているのなら、どうしてマンゴーとキウイが一緒なんだろう?

chap4
翌日、台風は予報を裏切ってやってこなかった。空はすっかり晴れ渡り、台風は街の端をかすめて去っていったようだった。
阿辰は晴子に、自分が書いた新しい文章を読んでほしいと誘った。彼曰く、「晴子なら、どこを直せばいいか分かるはずだ」とのことだった。
阿辰は作家ではなく、銀行員だ。書くことはストレス解消の習慣で、職業にしてしまったら耐えられないだろうと言っていた。
晴子は服を選び、約束の時間に遅れないよう急いだ。1分前に待ち合わせ場所に到着。例の店だった。
「スマホで送ってくれればよかったのに。今日はすごく暑いよ」
「手書きが好きでね。ごめん、コーラをおごるよ」
阿辰は白いA4のクリアファイルを取り出し、晴子に渡すと、カウンターでコーラフロートを買ってきてくれた。彼の字は綺麗で、書かれた物語も澄んでいた。夏、果物屋、シンプルな人間関係、唐突な結末。これまで読んだ彼の作品と同じく、晴子はこの話も気に入った。
「果物屋を開くなんて、素敵ね」
「ああ、本当に素敵だ」
晴子の視線はカウンターの女性に釘付けになった。彼女は阿辰の足を小突いた。
-ねえ、今のって口説いてる? 口説いてるよね?
阿辰は笑って、ウインクしながら頷いた。
-彼女には何度も会ってるんだ。
晴子は、女性が手を引いている2、3歳くらいの子供を見た。風車を持ってくるくると回っている。
-子供がいるんだ。店主は若そうに見えるけど、まさか……
-あの子は店主の子供じゃないよ。
女性はドリンクを受け取ると、嬉しそうにお礼を言い、子供の手を引いてこちらへ歩いてきた。晴子と阿辰は視線のやり取りをやめた。晴子が子供に微笑むと、子供も笑い返してくれた。しかし、回りすぎたのかふらついて、阿辰のドリンクを倒してしまった。阿辰は慌てて子供を抱きかかえて転倒を防ぎ、ナプキンでズボンのスプライトを拭き、テーブルも綺麗にした。女性は何度も謝り、子供を叱ろうとしたが、阿辰は子供の手を握って笑った。
「気をつけてね。転んで頭をぶつけたら痛いからね」
店主は阿辰に新しいドリンクを作り直してくれた。そして子供の頭を撫で、ポケットから白いウサギのキャンディを取り出した。
晴子はストローを噛みながら、ぼそりと呟いた。
「どうすれば、優しい人になれるんだろう?」
「優しい人になりたいと思うのは、かつて誰かに優しくされた経験があって、その温かさを深く知っているからだよ」
晴子は少しの間黙り込み、ゆっくりと頷いた。
「『夏目友人帳』だね。言わなかったけど。どう、この文章、直すところある?」
「ないよ。すごく好き。阿辰は昔、素敵な恋をしていたんだね」
晴子は誤字がないか確認しながら、もう一度読み返した。
「どうしてそう思うの?」
「じゃなきゃ、こんな甘い恋の話なんて書けないよ。胸が苦しくなるくらい」
「愛を知らないからこそ、愛をこんなにも美しく感じられるんだよ」
台風シーズンが過ぎようとしていた。

chap5
もしこれが晴子の書く物語なら、台風シーズンに阿辰と恋に落ち、台風が来るたびに二人で過ごすだろう。晴れた日には布団を干し、風が吹けば凧を揚げ、涼しい日にはピクニックへ。台風が来ればリビングのソファに丸まって、前回見終わらなかった長い映画を見るのだ。
「外は風雨が激しく、山野のすべてが今日という日だ」
しかし、この物語は晴子の一人称ではない。台風シーズンの終わり、滑り込みで最後の台風がやってきた。雨の日、「飲夏」。今回はマンゴーなしの、キウイ尽くしだった。
「どれくらい行くの?」
「2年かな。帰ってきたら、果物屋を開けるよ」
「私、絵は描けないよ」
笑って言おうとしたが、鼻の奥がツンとした。なぜ泣きたくなるのか自分でも分からない。二人は付き合っていたわけでもないし、死別するわけでもない。ただ、阿辰のように自分に合う人には、もう二度と出会えない気がしたからだ。でも、それ以上に晴子を苦しめたのは、阿辰がこれほど自分に合っているにもかかわらず、2年間待ち続ける自信がなかったことだ。
阿辰が手を伸ばし、晴子の手を取って、手のひらをトントンと叩いた。
晴子も阿辰の手のひらを叩き返す。
-聞こえる? -聞こえるよ。
阿辰は晴子の手のひらを4回、数秒間隔で叩いた。
-す、き、だ、よ。
晴子は急いで手を引っ込めた。
店内の音楽が次の曲に切り替わった。晴子はその歌詞を思い出した。
「得たものはすべて幸運、失ったものはすべて人生」
「張懸(チャン・シュエン)だね」
「うん、そうだよ」
予想通り、あるいは晴子が意図した通り、1年かけて阿辰を自分の生活から少しずつ遠ざけていった。頻繁にやり取りしていたメッセージも、いつしか途絶えた。
その間、何度も食事会に参加し、罰ゲームも経験した。WeChatのIDを求められ、気の合う人なら承認することもあった。
また台風シーズンが巡ってきた。雨が窓を叩き、淡い水霧を上げる。晴子は目覚めると窓にテープを貼り、ソファの枕を抱きしめて、昨夜見終わらなかった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を再生した。
夕食時、ふと昔のことを思い出した。阿辰の住む街には台風シーズンがない。食後、箱から便箋を取り出し、長い手紙を書いた。
翌朝、晴子は太陽の光に起こされた。カーテンを開け、大きく背伸びをする。台風予報なんて、スーパーのセールのためじゃないかと思うほど、全く当てにならない。机の上に置かれた宛名のない手紙が目に入り、そのままゴミ箱に放り込んだ。
台風シーズンが過ぎ去った。